故宮博物院の歴史
■ 宝物たちの数奇な運命
台湾になぜ、中国歴代王朝の宝物を納めた故宮博物院があるのでしょうか。北京の故宮博物院とどう違うのでしょうか。そんな素朴な疑問を持つ人も少なくないはず。それに答えるためには、中国の歴史を振り返る必要があります。■ 紫禁城の宝、中華民国が公開
故宮博物院のコレクションはもともと、宋(960-1279)、元(1271-1368)、明(1368-1644)から継承した文物に清(1616-1912)の収集品が加えられたもので、北京の紫禁城内部に蔵されていました。清は1912年に滅び、代わって成立した中華民国がその宝物を受け継いで1914年、紫禁城南側の外廷に古物陳列所を設置します。陳列所には、清王朝歴代の離宮だった熱河(承徳)の避暑山荘と、清朝発祥の地・奉天(瀋陽)の故宮に伝えられた文物も並べられました。1925年10月10日には故宮博物院が発足し、紫禁城の内廷が展示場所として公開されました。城内には書画、古典籍、陶磁器、古鏡、青銅器、装飾品など100万点を超える文物が収蔵されていました。その後も内廷のあちこちから新たな文物が見つかり、訪れた人々は清朝の底知れない富の大きさに驚嘆したそうです。
■ 高まる危機、「南遷」の幕開け
しかしその中にあって、故宮博物院は日に日に危機感を強めていました。1931年9月の柳条湖事件の後、日本軍が次第に南へと攻めてきたからです。1933年、中華民国政府は故宮文物を列車に乗せて上海に移しました。文物を収めた木箱は1万3491個。北京郊外の離宮・頤和園や古物陳列所などの文物6066箱も同時に上海に運ばれました。これらの文物は南へ移されたことから、「南遷文物」と称されています。この中からえりすぐった1022点が、1935年に英国・ロンドンで開かれた「中国芸術国際展覧会」に出品されています。日中間の緊張が高まる中、名宝中の名宝を欧米で展示することは、 文物を継承した国家の正当性や文化的優位性を示し、列強の支持をかち取るという中華民国・国民党政府の「国家戦略」だったとも言えるでしょう。
1936年、ロンドンから戻った文物は、上海に保管されていた残りの文物とともに、新たに南京に建造された倉庫に納まりました。しかしここは、文物の「安住の地」とはなりませんでした。
■ 戦火の中、山奥部への苦難の移送
翌1937年7月に蘆溝橋事件が勃発し日中戦争へと突入します。戦火が激しくなる中、中華民国政府は文物の疎開を決定し、同年8月、「最重要文物」を送り出しました。文物を納めた鉄箱80個は、南京から長江を船でさかのぼり、鉄道や自動車で湖南省長沙、貴州省貴陽へと移されました。この間の旅程は約1800キロ。その後、これらの文物は四川省巴川県へと移送されます。残りの文物のうち約1万6000箱も2つのルートで中国の山奥部へと避難させられました。うち9369箱は長江経由で四川省重慶へ。まもなくこの地も空襲が激しくなり、同省楽山へと移されます。
また、7286箱は鉄道で北上したのち、黄河を遡行して陜西省・宝鷄へ。さらに雪氷の山岳路に悩まされながら1年5カ月がかりで約1000キロ南西の四川省峨眉にたどり着きました。
1945年8月、日本の降伏により戦争が終結します。文物が再び南京に戻ったのは1947年12月。戦後の混乱の中、帰路もまた、苦難の道だったことは想像に難くないでしょう。
■ 国共内戦下、台湾へ
このころ、日本との戦いでは共同戦線(国共合作)を組んでいた国民党と中国共産党の内戦が再開します。次第に劣勢になった国民党は、文物の台湾移送に踏み切りました。精選された文物が1948年12月から翌年1月までの間、3回に分けて軍艦や商船で台湾へと搬送されました。北京・故宮博物院から運ばれていた1万3491箱のうち、22%にあたる2972箱が送り出されました。内訳は、青銅器や書画、陶磁器、七宝などの古文物が1434箱(5249件)、四庫全書や経典などの図書が1334箱(15万7602冊)、宮中当案などの文献が204箱でした。これに加え、旧故物陳列所の文物を引き継いでいた中央博物院の所蔵品から852箱が搬出されました。
これらは、台北・故宮博物院のコレクションの根幹となっています。残りの文物の多くは北京の故宮博物院に戻され、一部は南京博物院などが所蔵しています。
台湾に移された文物のため、1965年、現在地に台北・故宮博物院が建設されました。「国父」とされる孫文の字を冠して「中山博物院」とも呼ばれています。博物院の建物はその後増改築を重ねてきました。今回のリニューアルはその中でも大規模なものです。
このように台北・故宮博物院の文物は、中国歴代王朝の栄華を今に伝えているだけではありません。東アジアが激震した20世紀と、その中で宝物を守り抜いた人々の波乱に満ちたドラマを、21世紀に生きる私たちに語りかけているのです。
■ 参考文献
・國立故宮博物院ホームページ http://www.npm.gov.tw/
・「中国南京博物院所蔵-甦る南遷文物」展図録(1998、TBS)
写真提供:台北・故宮博物院
