2008年06月27日掲載記事より
JR佐世保線 佐世保駅 (長崎県佐世保市)
基地の街の歩みを見守る
佐世保駅正面のゲートや屋根は「海」をイメージした波形に設計されている
一枚の写真がある。佐世保駅前で、子どもたちにビスケットを与える米兵。双方とも穏やかな笑みを浮かべていた。撮影は1945年11月。「みんな、こわごわだったが、腹ぺこだからうれしくて」。当時、小学生だった郷土史家、筒井隆義さん(71)=長崎県佐世保市野中町=は振り返る。
わずか3000人の村だった佐世保は、1889年に旧海軍鎮守府が開設されると、軍人だけでなく、職を求める人たちが移り住み急成長。大戦末期には人口は29万人に達した。その多くは終戦後、占領軍に恐怖を抱き、佐世保駅から古里へ戻った。駅前で繰り広げられた米兵との交流は、この地に残り米軍とともに生きていこうとする市民の象徴ともいえた。
米原子力空母エンタープライズが佐世保に初寄港した1968年1月。佐世保駅前は寄港阻止を叫ぶ学生を乗せた列車を待ち受ける機動隊で埋め尽くされた。現場には地元紙の報道部長だった筒井さんもいた。
学生たちは裏をかき線路沿いに全力疾走で米軍基地に向かい、途中の平瀬橋で機動隊と激突した。その後、一週間に及び、多数の負傷者が出た「エンプラ闘争」。筒井さんは「基地の街」の過酷な現実をかみしめた。
重い歴史を刻んできた佐世保駅は2001年に建て替えられた。新駅舎の屋根は「海」をイメージした丸みを帯びた波形の斬新なデザイン。構内では「基地の街」の新名物として全国に知られる佐世保バーガーの巨大オブジェが目立つ。駅裏の臨海地区には、旧海軍の倉庫群を模した赤れんが調の商業施設の整備計画が進む。佐世保駅は「観光都市」の玄関口として、新たな歴史を紡ぎ出すのだろうか。
(佐世保支局・川口安子)







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