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キリシタン紀行~「世界遺産」候補の里を訪ねて

 「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が、世界文化遺産の登録候補を載せた「暫定リスト」に追加掲載されることになった。県などが提案書に盛り込んだのは五市二町の教会や遺跡20カ所。弾圧・迫害の歴史や信仰の喜びを今に伝える長崎固有の文化遺産の姿を、地域ごとに紹介する。(2007/02-2007/03 西日本新聞・長崎版に連載)

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新上五島町小値賀町 信者と心血注いだ50棟

■和と洋の技術融合 「教会建築の父」は仏教徒

 真っ赤なバンダナを頭に巻いた松坂慶子さんとコート姿の緒形拳さんが、赤れんがの教会に足を踏み入れる。やがて教会の十字架やキリシタン墓地は夕日に染まり-。

 檀一雄原作の映画「火宅の人」(1986年公開)のワンシーンに、小値賀町・野崎島にある旧野首教会が登場する。故深作欣二監督は、ひと目見てここでの撮影を決めたという。独特の雰囲気を放つれんが造りの教会を設計したのは「教会建築の父」鉄川与助(1879―1976)。心血を注いだ教会の数々は今も輝きを失っていなかった。

■多用したツバキ

 「愛されることより愛することを、許されることより許すことを…」

 新上五島町奈摩郷の青砂ケ浦天主堂(国指定重要文化財、1910年完成)の日曜ミサは約120人の信者で埋まり、ステンドグラスから差し込む朝の光が女性の純白のベールに赤や緑の影を落とした。神々しい光景に息をのんだ。

 丘の上に立つ青砂ケ浦天主堂は重層屋根構造の本格的な作りで、長崎、熊本、福岡、宮崎の各県で五十余りの教会建築に携わった鉄川の代表作の1つに数えられる。

 鉄川は同天主堂に近い丸尾郷の宮大工の家に生まれた。20歳のとき、ペルー神父のもとで教会建設に参加し、西洋建築に魅せられた。

 鉄川は仏教徒だったが、信者の心情に寄り添った。ステンドグラスや壁の彫刻などにツバキの花を多用したのはその証しとされる。ツバキは信者が多い五島や平戸に自生し、キリシタン弾圧を知る信者にとってツバキの赤い花は「殉教の象徴」だったという。

 青砂ケ浦天主堂にも4枚の花びらが十字になったツバキの花の装飾がちりばめてある。新上五島町文化財審議委員長の湯川紳吉さん(72)は「長い弾圧に耐えた信者が待ちに待った教会、という思いを込めたのではないか」と解説する。

青砂ケ浦天主堂

 重層屋根構造の外観やステンドグラスなどの内部装飾が美しいれんが造りの教会堂

青砂ケ浦天主堂の信者

 女性のベールにステンドグラスのツバキ模様が映り、神々しい雰囲気が漂う

■神父の技術吸収

 外国人技士や工部大学校(現在の東大工学部)出身者らが活躍した明治時代の西洋建築。小学校高等科卒の鉄川はペルー神父ド・ロ神父らから西洋の建築技術を学び、東洋の建築文化と融合させ、独自の美的感覚を教会に投影させた。

 西日本唯一の石造り教会堂で国指定重要文化財の頭ケ島天主堂(新上五島町友住郷)には、どこか懐かしい雰囲気が漂う。門柱や欄干が寺や神社と似ているからか。

 「鉄川与助の教会が素晴らしいのは同じ形が1つもないこと。ここは『キリスト寺』のイメージだったんでしょうか」。鉄川のまな弟子の息子で、ボランティアで新上五島町の教会巡りガイドをしている信者の野中良蔵さん(66)はこう話す。

 建築を頼まれた鉄川は貧しい信者らのことを考えて石造りを選んだ。地元の石を使えば安く上がると計算したのだ。それでも資金が底をつき中断すること2回。教会は10数年かけて1919年に完成したが、結局赤字だったという。

晩年の鉄川与助

 1959年撮影(鉄川進さん提供)

頭ケ島天主堂

 西日本で唯一の石造りの教会堂。重厚なロマネスク調が特徴だ

■改修は孫の手で

 旧野首教会(県指定文化財、1908年完成)が立つ野崎島。かつては600人以上が住んでいたが、高度経済成長下、現金収入の乏しい島での暮らしを維持できず集団離島で71年に無人になった。教会も閉鎖された。映画「火宅の人」に残る教会の姿は廃虚同然で痛々しい。

 教会を譲り受けた町が行った89年の改修は困難を極めた。現代に引き継がれてない建設当時の工法があったからだ。鉄川の孫で、一級建築士として改修に携わった鉄川進さん(50)=長崎市=は「維持、保存という宿題をもらった気がした」。

 ぼろぼろの教会を目の当たりにし「寝食を惜しんで教会を建てた先祖に申し訳ない」と心を痛めていた元島民で信者の白浜清太郎さん(78)=北九州市八幡西区=は、島に町営の自然学習施設ができると知り1人で帰郷、よみがえった教会を見て涙があふれた。「昔のままだ。これで先祖の魂は永遠に生き続ける」

 以来、山口や福岡に散った元島民の信者を誘いながら7回、島を訪れた。来年は建堂から100年。「百年祭を開こうと計画しているんです」

 近代建築史に名を残す鉄川の教会は、これからも信者の心のよりどころであり続ける。
(長崎総局・下崎千加)

旧野首教会

 鉄川与助が初めて手掛けたれんが造りの教会が真っ青な空に映える

 青砂ケ浦天主堂へは奈良尾港から車で約50分、有川港から約25分。
 頭ケ島天主堂へは有川港から車で約20分。有川港から「頭ケ島教会」行きの路線バスも出ている(所要時間30分)。
 旧野首教会のある野崎島へは小値賀港から町営渡船で約30分。下船後、教会まで徒歩約20分。内部の見学は「自然学塾村」(0959・56・3990)に事前連絡が必要。