2010年03月09日更新
高さ約3メートルの坂本龍馬之像。鋭いまなざしが印象的だ

風頭公園にある坂本龍馬之像は、海へとつながる女神大橋(右奥)を見つめていた

「亀山社中ば活かす会」が作った坂本竜馬の案内板。愛らしい竜馬が描かれている
「おう、よう来たのぉ」
懐かしい土佐弁が耳に飛び込んできた。どっしりとした、低くて太い声。なんだか安心感すら覚える。
声の主は幕末の志士、坂本竜馬。長崎市に今年オープンした「長崎まちなか龍馬館」で、骨格を基に復元した声を聞けた。
竜馬とは縁を感じる。私の母は高知県出身で、旧姓は「坂本」。親類から竜馬の話を聞くたび、心が熱くなった。今年はドラマ「龍馬伝」が始まり、竜馬がブームに。私ももっと竜馬を知りたい。そう思い、商社「亀山社中」を結成した、長崎市へ足を運んだ。
龍馬館は、旅行者でにぎわうベルナード観光通りにある。館内に入ると、長崎での軌跡を紹介する大スクリーンが目に飛び込んできた。興味を引かれたのは、霧島を新婚旅行中に姉の乙女にあてた手紙。達筆な文字と山の絵に、分かりやすく伝えようとする優しい人柄が出ていた。
館の中央には、竜馬の肖像写真そっくりに記念撮影できるコーナーも。友人と撮影していた地元の40代女性に出会った。「世の中のことを一番に考えていた竜馬がすてき」と語ってくれた。館内で「船中八策」を学んだ私はうなずいた。
竜馬の活躍ぶりに胸を躍らせ、実際に足跡をたどってみたくなった。参加したのが「龍馬が見上げた長崎の空」と題するガイドツアー。街歩きイベント「長崎さるく」の人気コースだ。坂本龍馬之像がある風頭(かざがしら)公園や亀山社中跡を巡る。
風頭公園では、ボランティアガイドの小杉徳寿(のりひさ)さん(67)が、竜馬の肖像写真を撮った上野彦馬の墓に案内してくれた。「彼がいなかったら、竜馬がどんな容姿をしていたのか想像もできなかった」と小杉さん。竜馬の写真は数パターンあり、それを名刺代わりに使っていたという。西郷隆盛にはどんなふうに渡していたのだろうか。そう想像しながら、墓のそばの高さ約3メートルの銅像を見上げた。
坂を下ると「龍馬通り」と名づけられた細道。竜馬が描かれた手作りの案内板をいくつも見かけた。会員が140人もいる「亀山社中ば活(い)かす会」が作ったものだという。顔はひとつひとつ違っていた。坂の街・長崎に暮らす人々が、それぞれ独自のイメージを持っているのだと感じた。
「この街には時代を変える力があるがよ」。来た坂道を振り返ると、竜馬の声が聞こえてきた気がした。
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●ちょっと より道=しっぽく料理堪能
1人前のしっぽく料理。お鰭は左上
竜馬がよく通っていたという史跡料亭花月(長崎市丸山町)の「竜の間」で、長崎名物のしっぽく料理を堪能した。おかみ加藤公子さん(61)が「長崎流のおもてなし」を教えてくれた。
「まずはお鰭(ひれ)をお召し上がりください」。おかみの合図でわんのふたを開けると、タイのひれが入った吸い物だった。食べた後に、あいさつと乾杯をするのだという。一口味わうと、カツオと昆布のだしがのどを潤し、はしが止まらなくなった。豚の角煮や中華風スープといった料理が次々に並び、すぐにおなかいっぱいに。最後は甘さ控えめの上品な汁粉で締めた。花月=095(822)0191。

