趣味と実益を兼ねた温泉地取材。長湯以来、三カ月ぶりに回ってきた。
この連載、どこを取り上げるかは記者の裁量。取材のスタイルも自由で、地元の観光協会にコーディネートしてもらうときもあれば、ふらりと行って面白い話を探すこともある。
趣味と実益を兼ねた温泉地取材。長湯以来、三カ月ぶりに回ってきた。
この連載、どこを取り上げるかは記者の裁量。取材のスタイルも自由で、地元の観光協会にコーディネートしてもらうときもあれば、ふらりと行って面白い話を探すこともある。
かつては私も、露天風呂つきのシックな部屋に泊まって、宿から一歩も出ないという旅のスタイルが好きだった。
が、あれは4年前、会社の同僚たちと泊まった高級旅館の立派な部屋で、当時7カ月の息子がうんちを漏らしてから(笑顔で畳を拭いてくれた仲居さん、ありがとう)、宿の予算は一気に半分近くに減った。
今回泊まった白水荘は、4人で1泊2食4000円。1人でも6000円。チープで気楽な旅が好きになった私でも、かえって不安になる安さだ。
>> 続きを読む 二日市温泉というと、「ドイツのお母さん」を思い出す。15年前、ドイツに出張した際、現地でお世話になった女性が母と同世代で、一緒にドイツ国内を取材して回るうち、親子のように仲良くなった。帰国後も文通を続け、数年後に互いの家を訪問し合った。子どもがいない彼女は、私に子どもが生まれてからは「日本の孫なのよ」と、私の息子の写真を友人に見せては自慢していた。
五島から長崎に向かう船は妙な造りになっていて、数十人が座れる椅子席の奥に、30畳ほどのじゅうたん部屋。その奥になぜか、2段ベッドが4つある小部屋があった。
いす席に座れなかった人は、じゅうたん部屋に腰を落ち着けるのだが、2段ベッドの小部屋には誰も近づかない。しかし、博多で飲み会を控えていた私は、体力温存に努めようと枕と毛布を小脇に抱え、ベッドに横になった。同行者たちは「あり得ない」と笑っていたが。
黒川に泊まったのは、今回が初めてだった。
7年前、3年前の2回、黒川から車で10分もいかない温泉地の旅館には宿泊したことがある。
そこはとても居心地が良かったし、何しろ近かったから、その温泉地も黒川の一部分くらいに思っていた。
だが、この目で見て、歩いて、黒川のオリジナリティなるものを、嫌というほど思い知った。
テレビや雑誌で見たとおり、その景色は自然が豊かで、静かで、心癒やされ、寒い季節になっても頑張って浴衣で外に出たくなる。
テレビや雑誌で分からなかったのは、そこがまるで、精巧な箱庭のようだったことだ。
大きな声じゃ言えないが(とここで書いたら世界中に発信されてしまうが)、嬉野温泉を「美肌の湯」と言い始めたのは、あの、放送打ち切りになった「あるある大事典」だそうだ。「けど、うちはねつ造じゃありませんよ!」と、嬉野市役所の職員2人が、全力で潔白を主張した。
そこで、観光関係者がそろって推薦する「嬉泉館」の湯に入る。
日奈久温泉に行こうと決めたのは、ここしばらく気分的に落ち込んでいたからだ。
夜、布団に入ると涙が止まらない。焼酎を流し込み無理やり眠りにつくが、孤独感とか自己嫌悪とか、最悪の気分で目が覚める。
涙は女の武器、と発言した時の宰相もいたが、武器は相手がいないと効力を発揮しない。ああ、むなしい。
温泉地周辺の「ほう」「へぇ」を探す旅。今回は、日本最古の焼酎の落書きが残されている郡山八幡神社と、ダム建設と共に水没した後、毎年5月から9月の間だけ姿を見せる曽木発電所跡に行くことにした。
「最初はちゃんぽんソムリエを名乗ろうと思ってたさね」
目の前で麺をすする番長の問題発言を聞いて、鼻から麵(めん)が出そうになった。
「ちゃんぽん食べてメタボになろう」と鼻息荒く訴えてくる、この人のどこがソムリエなんだ。
「番長は番長でいてください」。そうほほ笑むのがやっとだった。