第48期王位戦 特集

対談:森下卓九段×島朗八段

第48期王位戦を前に対談する島朗八段(左)と森下卓九段=東京都内
第48期王位戦を前に対談する島朗八段(左)と森下卓九段=東京都内

 真夏のタイトル戦、将棋の第48期王位戦七番勝負(神戸新聞社主催)が10日、福井県あわら市で開幕する。三連覇中で、通算十二期の記録をさらに 伸ばしたい羽生善治王位(36)=王座、王将=に対し、今期は11年ぶりに王位挑戦者となる深浦康市八段(35)の奮戦が見もの。「自分の思い通りにはな らない」と羽生王位は警戒感を表し、深浦八段は「臆することなく戦える」と早くも闘志満々。今期も熱闘は必至の様相だ。七番勝負に先立ち、両対局者を修業 時代から知る森下卓九段と島朗八段に勝負の見どころ、勝敗の行方などを予想してもらった。

■粘り強い深浦
 ―深浦八段は久々の挑戦です。
紅組リーグは深浦八段が佐藤康光棋聖に勝つなど、内容の濃い将棋が多かった。深浦八段の一番の持ち味は根性。もちろん技術もずばぬけています。
森下 勝率の高さでも羽生王位の次にくる人です。まだ深浦八段は七割台を維持しているはず。
棋士人生が長いと、将棋にかける思いが疲弊するもの。深浦八段はA級順位戦を四勝五敗で二度も陥落した。普通は嫌になってしまうが、棋士人生を粘り強くやっていけるタイプです。
森下 二回続けて四勝五敗の陥落はつらいが、それをはねのけているのはすごい。
今期もA級への昇級候補の筆頭ですし、研究熱心さも群を抜いています。自信をもって指していますね。
森下 あれだけ熱心なのは羽生、森内、佐藤の三強、その次ぐらいに深浦八段ではないでしょうか。
周囲に気遣いもしますし、社会性を持った棋士ですね。勝負における羽生王位の冷酷さに対して、気持ちで負けていない。挑戦者決定戦では、相手の渡辺竜王をよく研究していて、作戦の多彩さを見せた。
森下 もともと基礎体力は高い。剛速球を放つうえに、変化球もうまい。
序盤のテンポが良いので相手もプレッシャーを受ける。序盤の決断の良さが、中終盤の粘り強さにもつながる。若い棋士との研究も豊富で、トレーニングが合理的です。
森下 サービス精神も旺盛で、最新の研究を本に書いている。若い棋士にも尊敬されている。
奨励会の二級ぐらいから強さを発揮してきた。生活が乱れることなく、ひたすら将棋に打ち込んできた人です。同じスタンスで棋士生活を20数年続けた。プロなら当たり前と言われるかもしれないが、そうそうできることではない。
森下 30代で強くなった典型かもしれません。

■急所押さえる羽生
 ―羽生王位をどう見ますか?
森下 ずばぬけて強いうえに反射神経がすごい。相手の考えを察知する能力が高い。
今の若手にとっても羽生王位だけは別物だと思われている。若い棋士と対戦し、将棋が多様性を増しても、順応性が高く、そう簡単に調子が崩れない。
森下 ぶれずに、一貫して将棋を追求するすごさがある。
タイトル戦でも、圧倒的に勝つことは少なくなったように思いますが、急所を押さえるというか、トータルで考えるようになった。円熟期に入っています。
森下 骨の髄まで将棋一本でずれがない。勝つために一番いいことは勝つこと。負けると悪い方へ向かうのが大脳というもののようです。圧倒的に勝ってきたことが羽生王位の大きな財産でしょう。
羽生王位は調子を崩す期間が短い。大崩れがないことが第一人者の条件です。気持ちの切り替えがうまいのでしょう。
森下 羽生王位は勝つことに対する執着心の強さはすごいですが、それを見せないところがまたすごい。
 ―七番勝負の見どころは?
森下 深浦八段は最強の挑戦者ではないでしょうか。人生最強の時。今年勝たなければ勝つ時はないという思いでぶつかってほしい。五分の勝負ができると思う。
深浦八段は羽生王位と相性が良い。羽生王位にとって非常にやりにくい相手でしょう。
森下 対戦成績はほぼ五分。羽生王位と五分の勝負をするのは深浦八段ぐらいでは。深浦八段が純粋に勝つことだけに集中できれば、勝つ確率が高い。
先行必勝。羽生王位に気持ちの余裕をもたせずに、慌てさせられれば。
森下 前半戦で勝ち越すことが条件です。私も羽生王位に挑戦したことがありますが、羽生王位は全身に鎧をまとい、こちらは素肌で戦っているようでした。やる前から、羽生王位が勝つ空気はできている。
羽生王位に弱みを見せれば大抵の人は落とされる。
森下 血みどろの勝負をかいくぐってきた、たたき上げの強さがあります。若手からの信頼も厚い。陸上競技ではほんの少しの差で勝者と敗者がはっきり分かれる。羽生王位も常にわずかに上を行き、結果は大差になる。
深浦八段は最先端の研究に余念がありません。常にあきらめない姿勢で、逆転勝ちも多い。ペース配分も万全。気後れせず、全力を出せればタイトル奪取の可能性はあると思う。競り合いになると強いでしょう。
森下 羽生王位を鎧ごとたたき斬るつもりでやってもらいたいですね。


エッセー:「名人戦問題と女流分裂 揺れた将棋界」   田辺忠幸
 新聞に将棋の観戦記を書き始めてから五十年に達した。今や観戦記者ならぬ“見物記者”を自称し、かすんだ目で将棋界をぼんやり眺めて、高みの見物を決め込んでいる。

 しばらく平穏無事のように見えた将棋界だが、昨年あたりから急に騒がしくなった。いろいろある中で、名人戦の共催と女流棋界の分裂が、二大事件といえるだろう。

 昭和十(一九三五)年に創設された名人戦は、戦後間もなく昇段を争う順位戦を付加して根幹棋戦としての地歩を固めたが、それを支える主催新聞社は揺れ動いた。

 二十四年に毎日から朝日へ移る。その余波で王将戦が誕生した。五十二年には、毎日に戻り、安定したかのようだったが、名人戦の魅力は大きい。

 昨年、再び朝日へ、との動きが起こり、毎日も譲らず、前代未聞の共催に落ち着いた。よくぞ合意がなったものと驚く。

 この六月一日、共催による初のB級1組順位戦は始まり、四日にはA級順位戦も三浦弘行八段−行方尚史八段の一戦で幕を開けた。記録机を前にし両社の観戦記者が座るという珍しい写真が、専門紙に載った。朝日の紙面には三十年ぶりに「名人戦」の題字が……。

 見物子としては観戦記競作は大歓迎だが、当事者の苦労は察するに余りある。この共催で両紙を併読するファンが増えるかどうかも興味深い。

 日本将棋連盟の女流棋士五十六人のうち十七人が離脱して五月末に「日本女子プロ将棋協会」を設立した。

 これをどう見るか。女流全員が一致しての行動ならうなずけるが、少人数のうえ、タイトル保持者もいない状況では前途多難というしかない。

 すでに専用の対局場を確保し、優勝賞金百万円の独自棋戦もできると聞く。しかし、将棋連盟に残った棋士ともども、棋力の向上を図らなければ女流は飾り物で終わる。

 以前のように女流も奨励会で男性と競わなければ強くなれないだろう。

 連盟の米長邦雄会長は「女流はウオッカのように強くなれ」という。ウオッカは六十四年ぶりにダービーを制した牝馬。確かにその通りだが、これを聞いた女流の皆さんは、ウオッカが馬の名前とは知らなかったという話だ。

(たなべ・ただゆき=観戦記者)