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再生医療の未来を変えるか iPS細胞

[キーワード]医療情報

[更新日時]2010年12月27日

 病気やけがで損なわれた体の器官や組織などを再生して、機能回復を目指す「再生医療」という分野がある。すでに人工関節や人工皮膚の利用、臓器移植などは広く行われている。今、この分野で最も注目されているのが、山中伸弥・京都大教授が開発した人工多能性幹細胞(iPS細胞)だ。あらゆる細胞になることができるとされ、再生医療への応用研究は世界レベルで活発化。日本でも大勢の研究者が取り組んでいる。九州での研究内容などを紹介する。 (野村大輔、南陽子)

 ●体のあらゆる細胞に変化 白血病や糖尿病の治療に 安全性など課題も大きく

 人間の一生は受精卵から始まる。たった一つの受精卵が分裂を繰り返し、約60兆個の細胞からなる人体をつくる。受精卵のように、体のあらゆる細胞に変化できる「万能細胞」を、皮膚などの体細胞から人工的な方法で作ったというのが、iPS細胞だ。「新型万能細胞」とも呼ばれる。

 この特性を生かし、iPS細胞を、脳細胞や骨細胞、血液細胞など必要な細胞に「分化」させて患者に移植すれば、白血病や糖尿病、脊髄(せきずい)損傷などが治療できるかもしれない。そう考えて、世界中の科学者たちが競ってiPS細胞を、どう分化させるかなどについて研究している。






 
 

 山中教授が、世界初となるiPS細胞をマウスで作ったのは2006年。07年にはヒトのiPS細胞の開発に世界で初めて成功した。

 本家・日本の各大学や研究機関も国際競争に参加し、九州では九州大(福岡市)や熊本大(熊本市)が積極的に取り組む。












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 熊本大発生医学研究所の粂昭苑(くめしょうえん)教授(発生生物学)のグループが、iPS細胞から作ろうとしているのは、インスリンを出す膵臓(すいぞう)の〓(ベータ)細胞だ。糖尿病の根本的な治療を目指している。

 インスリンには血糖値を下げる働きがある。糖尿病は、インスリンの働きが悪くなったり、分泌量が減ったりすることによって引き起こされる病気。国内の患者数は疑いを含めて2千万人を超え、死者は年間約1万4千人という。症状が重くなると、インスリンを注射しても、血糖値が安定せずに、命の危険がある。

 粂教授は02年から、受精卵をもとに作られる別の万能細胞「胚(はい)性幹細胞(ES細胞)」を使って、膵臓に関する研究を進めている。08年には、〓細胞の前段階の細胞である前駆細胞をES細胞から、効率的に作る方法を開発したことで、国内外から評価された。

 現在は、この成果を応用し、iPS細胞から前駆細胞、そして〓細胞へ、効率よく分化させる方法を研究している。

 糖尿病を治すには、〓細胞が大量に必要とされる。粂教授は「今はiPS細胞から前駆細胞に分化させるだけで数週間もかかってしまう。治療に役立たせていくためには、短期間でたくさんの〓細胞まで分化させる方法を確立させなければならないと考えている」と話す。

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 iPS細胞を使って、血液病を治療しようと考えているのは、九州大生体防御医学研究所長の谷憲三朗教授(血液腫瘍(しゅよう)内科学)のチームだ。

 谷教授もES細胞での研究をベースに、iPS細胞を、赤血球や白血球などのもとになる造血幹細胞に効率的に分化させる手法を研究している。製造した造血幹細胞を患者の脊髄に注射すれば、体内で正常な血液をつくり病気を治せるという。

 また先天性の病気の患者を遺伝子レベルで治療するために、iPS細胞を活用する「遺伝子修復療法」の研究にも、谷教授のチームは挑んでいる。

 先天性の病気は、患者の遺伝子が傷ついた状態にある。今の技術ではiPS細胞やES細胞の遺伝子ならば修復が可能。遺伝子修復療法は、患者から取り出した体細胞でiPS細胞を作り、遺伝子を正常な状態に修復。それから必要な細胞に分化させて、患者の体に戻して病気を治すというものだ。

 谷教授は「先天性の血液疾患の治療につなげたい」と話す。

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 期待が強いiPS細胞だが、大きな課題も抱えている。「がん化」しやすいとされている点だ。

 iPS細胞には、万能性を取り戻すために体細胞を「初期化」する過程で、特別な遺伝子が組み込まれる。その遺伝子の“運び屋”として使われる「レトロウイルス」が、がん化の原因とされる。谷教授は、レトロウイルス以外の運び屋も探しており「iPS細胞の安全性を確立し、早く治療に使いたい」と話している。

 *〓はすべてベータ

 ●ES細胞の欠点克服に期待 全国の大学で研究進む

 ヒトのiPS細胞の誕生は、医療界に大きな衝撃を与えた。それまで研究の中心だったES細胞が抱える欠点を、iPS細胞なら解決できると期待されているからだ。

 ヒトのES細胞は、米国のジェームズ・トムソン博士が1998年に世界で初めて開発した。マウスでの研究は、それ以前から行われている。

 ES細胞は、不妊治療で余った受精卵をもとに作られる。分裂して間もない胚から内部細胞塊を取って培養するのだ。

 問題は、この胚を母胎に戻せば赤ちゃんに育つ可能性があるという点だ。つまり人間の“源”ともいえる胚を、不妊治療以外に使うことが、生命倫理上許されるのか、という指摘だ。米国ではキリスト教右派などが反発し、ブッシュ前政権下では研究が規制された。これに対し、皮膚などの体細胞から作られるiPS細胞には、この問題は発生しない。

 ES細胞には拒絶反応の問題もある。移植を受ける患者にとって、ES細胞は他人の細胞がもとになる。ES細胞を分化させた細胞や臓器を移植すれば、免疫が働いて拒絶反応が起きる。一方で、自分の細胞から生成したiPS細胞を使えば、その問題はほぼ解消できる。

 ただ、iPS細胞は「がん化」の問題や未知な部分も多いため、ES細胞の研究もさかんなのが現状だ。福岡大学医学部の安波洋一教授(再生・移植医学)は「これまでの研究の蓄積は、ES細胞の方がかなり多い」と指摘。熊本大の粂教授も「未知のiPS細胞を研究する上で、ES細胞の研究は欠かせない」と話す。

 オバマ政権となった米国では、バイオ企業「ジェロン社」が10月、ES細胞を使った世界初の臨床試験を始めたと発表。ES細胞から分化させた神経を守る細胞を、脊髄損傷の患者に投与し、機能回復を図るという。治療の安全性が確認されれば、iPS細胞への応用も期待される。

 iPS細胞を使った治療は動物レベルで始まっており、今月7日には慶応大学のグループが、脊髄損傷で首から下がまひしたサルが歩けるようになったと発表したばかりだ。

 今後、iPS細胞は再生医療の主役となっていくのか。福岡大の安波教授は「iPS細胞は大きな可能性を秘めているのは事実だが、分からないことも多い。慎重に研究を進めることが大切だ」と語る。

【写真説明1】iPS細胞とES細胞の違い
【写真説明2】日本の主なiPS細胞の研究
【写真説明3】粂昭苑教授
【写真説明4】谷憲三朗教授
【写真説明5】安波洋一教授

=2010/12/27付 西日本新聞朝刊=

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