●仲間ができた、一緒に頑張れる 福岡・筑前町九州で初開催
「アンパンマンの頭のあんこは、こしあん。○か×か」
「難しいー。んー、勘で○にする」
「正解は×。実は粒あんでしたー」
夜須高原の林の中にある八角形の体育館で、司会役の女性が出すクイズに子どもたちがはしゃいでいた。歌を歌ったり、ゲームを楽しんだり。昼食のカレーライスは、われ先にとお代わりする子もいた。
日帰りのキャンプには、九州北部から小児がんと闘う子どもや経験した子ども22人が集まった。医療関係者や小児がん経験者の大人14人が企画や運営にあたり、当日も支援する学生など40人が携わった。

3年前に急性リンパ性白血病を発症した福岡県水巻町の小学6年恒吉波奈(はな)さん(11)は昨年5月、骨髄移植を受けるため福岡市の九州がんセンターに入院した。病院生活は4カ月に及び、外出できない日が続いた。
「病気のせいで大好きな学校や水泳に行けないから嫌だった。でも今日はいろんな友だちが増えて楽しかった。また来たい」と笑みを見せた。
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キャンプは、九州がんセンターの心理療法士白石恵子さん(32)が、病棟の子どもが修学旅行に参加できなかったことを聞き開催を呼び掛けた。小児がんを経験した人からも、関東で開催される同様のキャンプを九州でも開くことができたらとの声があった。
小児がんを経験した半数以上の人が、化学療法や放射線治療の後遺症を患っているとされる。身長が伸びなかったり、不妊、脱毛、体力が落ちたり、放射線による被ばくが原因で新たな腫瘍(しゅよう)ができたりすることもある。
周囲の理解がないために、さらに苦しむことも少なくない。闘病の経験が知れると就職を断られるなど不当な扱いを受けることもあり、回復後の悩みも深いという。
長年患者を診てきた久留米大病院小児科の稲田浩子医師でさえ「理解したくても、患者や経験者にしか理解できない世界がある。そのときは悲しいが、あえて話を聞かないようにしている」と明かす。
経験者でキャンプの準備スタッフだった福岡市博多区の団体職員井本圭祐さん(24)は「自分も自暴自棄になった時期があった。だから、同じ境遇のつながりを大事にするキャンプを開きたいと思った」と話す。
久留米大病院の小児がん経験者の会「スマイルデイズ」のリーダー林志郎さん(32)=北九州市=は6歳のとき白血病で入院した。病棟で知り合った友人が亡くなったとき「自分も死ぬのか」と怖くなった。夜が来て眠るとそのまま起きることができない気がして、眠れない日が続いた。
「僕たちは、つらい病気を克服したし、小さなころから死と向かい合って生きてきた。感受性もあるし、気持ちも強いはずだ。悩んでいる患者や経験者には『1人じゃない。頑張れる』って伝えたいんです」
●僕は乗り越えた、勇気づけたい センバツ準V 日大三高投手 山崎福也さん

今春の選抜高校野球大会で準優勝した日大三高(東京)投手で、個人大会最多安打タイ記録を出した山崎福也(さちや)さん(17)は2年前、脳に腫瘍があることが分かった。「死ぬこともある」「野球なんてとんでもない」と複数の医師に言われたが、信頼できる医師と出会い病気を克服した。ただ再発の心配があるため、4カ月に1度、病院に検査に通いながら野球を続けている。
試合でピンチを迎えたりチャンスで打席に入ったりしたとき、思い起こすのは病気のことだ。「俺はあれを乗り越えた」と自分を鼓舞する。
腫瘍が分かってから、本や新聞で小児がんの記事を探すようになった。小児がんと闘う仲間を知るたび「頑張れ」と心の中で叫んでいる。
今は夏の甲子園を目指して猛練習中だ。「もう一度甲子園に出て、テレビの向こうにいる同じ境遇の人たちを少しでも勇気づけたい」。そう思って今日も学校のグラウンドで白球を握っている。
【写真説明1】サポートスタッフや新しくできた友だちと楽しい時間を過ごす恒吉波奈さん(左)=3月21日、福岡県筑前町の夜須高原福祉村やすらぎ荘
【写真説明2】春の選抜高校野球大会で力投する山崎福也さん=4月1日、兵庫県西宮市の甲子園球場
=2010/04/26付 西日本新聞朝刊=




