
東部中は7年前から「生と死」について学ぶ授業(年10回)を全学年で実施している。毎年2年生がホスピスを訪問し、いわゆる「終末期」の患者さんたちと交流する。授業には佐賀大医学部看護学科、佐賀県立総合看護学院、佐賀市医師会立看護学校の学生たちも参加している。
2年生(45人)がホスピスを訪問したのは昨年12月11日(1組)と18日(2組)。両組とも合唱などを披露し、1組の生徒は歌いながら泣き、患者と言葉を交わして泣き、手を握られて泣いた。
1週間後に訪れた2組は、授業を支援する「佐賀のホスピスを進める会」の僧侶山下一徹(いってつ)さん(55)から事前に「一部の患者さんから『あまり泣かれるとつらい』と要望があった。泣かないでください」と言われ、皆泣くのを我慢したという。
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最後の授業には2年生と1年生(56人)、看護学生(50人)のほか、山下さんたち「進める会」の会員も参加した。
まず2年生の代表が「今までに味わったことがない感情がわき上がり、泣いてしまいました」(1組)「元気を与えに来たのに泣いてはいけないと必死に我慢しました」(2組)などと訪問の感想を述べた後(1)涙は患者さんの前でこらえるべきか、素直に泣いてもいいのか(2)患者さんにどういう表情や声かけをしたらいいのか-と問題提起した。
山下さんが「涙を流すか、流さないか。私自身は泣いてもいいと思うが、考えは両方あると思う。でもどっちでも良いということではない。ホスピスではあなたたちも患者の『痛み』を和らげる医療チームの一員です。その自覚をもって、皆さんがどう受け止めるか、しっかり考えてください」と促し、生徒と学生が7、8人ずつの班に分かれて話し合いに入った。
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ある班(7人)では、泣いてもいいかどうかについて、看護学生2人と1年生1人が「素直に泣いてよい」、1年生2人と2年生2人が「我慢すべきだ」と述べ、意見は分かれた。2年生2人は「患者さんたちは既に悲しんできている。僕たちが泣いて、また悲しませるわけにはいかない」「そこ(患者さんの前)でこらえて、後で泣く」と言った。
別の班では「泣いてよい」が大勢を占めた。2年生の1人は「泣いた方が患者さんに自分の感情が伝わると思う」と述べた。
患者さんへの接し方については「明るく振る舞う」「普段通りに接する」などの意見が多かった。「患者さんが寝たままでもこちらの顔が見える位置に立つ。はきはきと大きい声で話す」(2年生)「友達に話すように普通に明るく話す。敬語も使いすぎない方が良い」(同)「患者さんが笑えば笑い、悲しんでいたら親身に聴く。相手は人生を長く経験してきた人たち。尊重する心を忘れないようにしよう」(看護学生)
授業の最後、「進める会」の僧侶五十嵐雄道(ゆうどう)さん(51)がこう結んだ。「この世に、亡くならない人はいない。自分自身も、友だちも、家族も、いずれ命を終える。それは今日かもしれない。『もうすぐ亡くなる人とどう接するか』を考えることは、今自分の隣にいる人とどう接するかを考えることではないか。皆さんの話し合いから、そんなことを教わった」
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東部中2年生のホスピス訪問の様子は昨年12月28日に、生徒たちの感想文は今年1月11日の紙面に掲載しました。
【写真説明1】患者さんとどう向き合うか。中学生と看護学生が意見を交わした=3月18日、佐賀県多久市の東部中
【写真説明2】ホスピスを訪問した2年生は患者さんの前で歌をうたった=昨年12月11日、佐賀県立病院好生館
=2010/03/29付 西日本新聞朝刊=




