▼自分で針を刺す
広いフロアに50のベッドが並ぶ田川市立病院の透析室。その一角にあるトレーニングセンターは、人工透析装置とベッドが2台ずつ配置されている。
訓練のためベッドに横たわっていた女性(66)が一瞬顔をしかめた。長女(41)の手を借りて左腕に針を刺してみたものの、うまく血管に入らなかったようだ。
2回目。今度はうまくいった。針にチューブを装着すると、真っ赤な血液が透析装置に向かって流れ始めた。「針を刺すのは怖いです。でも、だいぶ慣れました」。女性はほっとした表情で、透析開始のスイッチを押した。
続いて医師や看護師による講習が始まった。この日のテーマは、血圧降下や出血などの緊急時にどう対処すればいいか。「冷静にやれば大丈夫です」。女性は落ち着いて装置の停止や再開の操作を繰り返した。
センターでは独自のテキストやビデオのほか、実践を通して人工透析の知識や手順を身に付けてもらう。訓練は週3回の通院で、おおむね1-2カ月という。
▼全国で190人
「目の前が真っ暗になり、涙が止まりませんでした」。この女性は腎不全と診断された時、人工透析に拘束される日々を思って絶望したという。そんな折にセンターのことを知り、北九州市八幡東区の自宅から通い始めたのが5月末。コツを覚えるにはやや時間がかかったが間もなく訓練を終える予定で「家での透析中は読書や家族との会話で有意義に過ごしたい」と笑みを浮かべた。

センターは、中本雅彦副院長が中心となり2006年10月に開設した。中本医師のもとにはかねて「長時間拘束されるのは苦痛です」「透析のために仕事を辞めました」などの悩みが寄せられており「職場復帰や生活の質の向上に応えたかった」と話す。
中本医師は「通院での透析より効果的なんです」と健康面からも在宅の利点を挙げる。透析の時間や回数を体調に応じて調整できるため「心不全や高血圧などの合併症が改善されやすく、通院より在宅の方が生存率が高いことが証明されている」という。
ただ国内の人工透析患者は27万5千人で、そのうち在宅での血液透析は190人ほどにとどまっているという。
▼採算面で課題も
在宅への移行が進まない背景として、中本医師は「採算を考えると、医療側が導入に消極的にならざるを得ない事情がある」と話す。在宅透析では、緊急時に備えて医療側が24時間対応できる態勢を整える必要があるが「診療報酬制度が在宅透析に対応しておらず、スタッフの雇用などで病院は赤字になってしまう」という。
そのほか、自宅での透析に不安を抱いている人が多い▽家族など介助者が必要▽訓練施設が少ない-などの課題もある。
開設から間もなく2年を迎える田川市立病院でも、これまで訓練を受けたのはくだんの女性を含めて4人にとどまっている。
一方で九州各地から訓練の希望者があり、今後は緊急時の支援態勢を整えるため、ほかの医療機関との連携を深めていく計画だ。中本医師は「安心して在宅で透析できる環境を整備し、普及に努めたい」と話した。
田川市立病院では訓練を終えても月1回は通院してもらい、自己流に陥らないよう指導しており、これまでに大きなトラブルはないという。また人工透析装置は病院から貸し出しており、医療費は通院の場合と基本的に変わらないという。
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●ワードBOX=人工透析
慢性腎不全の患者に対して、機能が低下した腎臓の代わりに、血液中の老廃物(尿毒素など)などを人工的に除去する医療。血液透析と腹膜透析の2つの方法がある。
血液透析は血液を体内から取り出して人工腎臓(ダイアライザー)を通過させて浄化する。腹膜透析は体内の腹膜を利用するが、8年ほどで腹膜が劣化するため、血液透析への移行が必要。日本透析医学会によると、国内の透析患者は約27万5千人(2007年末現在)で、約96%の患者が通院による血液透析を行っている。
【写真説明】田川市立病院の中本雅彦副院長
=2008/09/15付 西日本新聞朝刊=




