▼メールで会話
「スイッチに問題はないですか」。北九州市八幡東区の荒川孝一さん(51)方をコミュニケーション支援のために訪れた北九州市立障害福祉センターの言語聴覚士、田中愛啓さんが話し掛けると、ベッドで荒川さんが小さくうなずいた。
荒川さんは声が出ない。傍らにパソコン。左手に、親指大の小さなスイッチが載っている。筋肉の委縮が進む筋ジストロフィー症で、以前は車いすで外出していたが7年前に座れなくなり、キーボードも打てなくなった。以来、スイッチ1つで文字を入力できるパソコンの専用ソフトを使い、意思を伝えている。
主流のソフトは、パソコンの画面に平仮名や数字が碁盤の目のように並び、50音のあ行、か行の順に色が変化。か行に色がついたときにスイッチを押せば、次はかきくけこ順に変色し「き」に色がついたときにスイッチを押せば「き」を入力できる仕組みだ。
荒川さんは「ふうせんバレーボール」の発案者で、ふうせんバレーボール振興委員会の会長。友人との打ち合わせやおしゃべりはメールで、毎日約10件を送信している。インターネットで好きな歌を聴いたりもする。
荒川さんはスイッチをカチッ、カチッと押し、ゆっくりと言葉を打ち出した。「孤独なんですよね。パソコンは社会に開かれた窓のようなもの」
センターは操作に欠かせない市販のスイッチを約40種類用意し、各自に適したタイプを薦めている。息を吹き掛けて反応するものもある。
「でも機械は万能ではない」と田中さん。「たんを取って」などの短文を提示して本人に選んでもらったり、平仮名を書いた透明な文字盤を使って視線を読み取ったり…。機械以外の方法と併用する人も多いという。
▼画面の変化で
人は乳幼児期から体験を通じて意思伝達を習得するが、先天性重度障害児は体得が困難なため、特別な療育が必要だ。

北九州市立総合療育センターは1988年、全国でも草分けの「ハイテク外来」を開設。毎月第二金曜日、言語聴覚士らがチームを組み、遊びながらパソコンが使えるように導いている。
まずは手や足、舌など、動かせる体の部分を確認し、スイッチやマウスなどの適切な入力機器を選択する。「スイッチを入れると機械が反応。そのやりとりを楽しむことから始めます」と志井田太一・作業療法係長。「自分とスイッチ、機械の関連から自発性を高め、そこに他者とのかかわりが生まれてコミュニケーションの概念につながる」という。
車いすに乗った脳性まひの女児(12)がパソコンに接続された直径6センチのスイッチを右手で押していた。パソコンの画面に昔話「桃太郎」が紙芝居形式で進行する。
女児の気持ちは、その表情から読み取るしかない。スイッチを押す行為はときに介助が必要だが、家族は「画面が変化すると娘が笑顔を見せる。それがうれしい」と話す。女児は受け身でなく、自分で機器を作動させることを学んでいる。意思発信の第一歩だ。
▼共感すること

国内唯一の脊(せき)髄(ずい)脊(せき)椎(つい)疾患専門病院である福岡県飯塚市の総合せき損センターは79年の発足と同時に「医用工学研究部」を設け、福祉用具の開発に取り組んできた。
コミュニケーション支援機器は、この10年間で7種類を量産化。スイッチには、舌の先で軽く触れるだけで機器を作動させる「リップクリック」や、少し押せばテレビのチャンネルを切り替え、長く押せば呼び出し音を鳴らせる「テレビトコール」などがある。
パソコンのキーボードを押す棒「ソフトフィットマウススティック」は、くわえても歯が痛まないように工夫。九州歯科大(北九州市)の協力を得て、湯で温めると柔らかくなり、歯形をつけられる歯科素材を棒の片方に取り付けた。
コミュニケーションの成立で障害者の社会生活の場は拡大する。その方法はまだ発展途上だが、芝啓一郎副院長は「受け止める人は自分が障害者になったらと考えてください。共感が大切」と助言している。
●医療機関などの連絡先
■北九州市立総合療育センター
小倉南区春ケ丘10-
2093(922)5596
■総合せき損センター
福岡県飯塚市伊岐須550-
40948(24)7500
■北九州市立障害福祉センター
小倉北区馬借1‐7‐
1093(522)8724
【写真説明1】総合せき損センターが独自開発した、舌の先で押すスイッチ「リップクリック」を説明する芝啓一郎副院長
【写真説明2】50音が書かれた透明な文字盤。相手の視線を読み取り、意思疎通を図る




