▼率直な声
福岡県宗像市出身で、跡見学園女子大専任講師だった横山文野(ふみの)さんは、2005年に34歳で亡くなるまで、ブログに肺がんの闘病記を書き続けた。夫でジャーナリストの山口智久さん(37)は「ブログで知り合った同じ病の患者たちに、最期まで励まされていた」と振り返る。

ブログで彼女は、自らの病状や、希望と不安に揺れる気持ちを率直な言葉でつづった。医師のささいな言葉に励まされ、傷ついたこと。肺炎になるかもしないと、同室の患者が咳をしただけでおびえていたこと。皮下注射の耐えがたい痛み。外出を許され夫とレストランで食事をする幸せ…。患者だから書ける、ありのままの日常が記録されている。
ある日のブログには、患者の死後出版される闘病記を読むときに感じる戸惑いをつづった。「最後は何月何日に旅立ちました、などと遺族が書いていたりして、なんとも言えない気分になる」。本に書かれた体験談に共感することが多いからこそ、つい自らの死も想像してしまうのだ。
だがブログでなら、決して楽観できない病と闘いながらも、今を生きている患者同士が励まし合える。そこには、夫にも立ち入れない「心の交流」があった。
ブログのトップページには、こう書き残されている。「これまでネットに闘病記を公開されている多くの方々に励まされました。Casa Esperanza『希望の家』(彼女のブログの題名)も病気と向き合う方々の心の支えになれば幸いです」
▼広がる輪
「数万人に1人の珍しい病気の可能性があります」と、医師から告げられたとする。患者や家族は、どこの病院で、どんな治療を受けるべきか、知りたい情報が乏しい現実に直面する。症例の多い病気に比べ、専門医が少なく、研究も遅れていることが多いためだ。
神戸市北区の西田佳代さん(42)も、その1人だった。10年前に産んだ男児は、耳の形成が不十分で難聴を伴う「小耳症」と診断された。6000人から1万人に1人の確率で発症する珍しい病気だという。「見たことも、聞いたこともなかった。医学書にもほんの少し書かれているだけ。疑問と不安だけが頭をよぎった」と振り返る。
状況が変わったのは、同じ症状の子を持つ保護者サークルを発足させ、ホームページ(HP)を作ってから。その掲示板には、専門医がいる病院や手術の詳細などが「先輩ママ」たちによって書き込まれ、活発な情報交換が始まった。
接点のなかった九州や東北の保護者との交流が生まれ、支部も各地に広がった。西田さんは「同じ悩みを持つ人がいると知れば、みんなで乗り越えていける気がします」と語る。
▼玉石混交
パソコンを使う中高年も増え、ネット上の医療情報への関心も高まるばかり。東京の医療情報企業は、ネット上の闘病記を病名ごとに分類し、自由に検索できるサービスを今月中にも本格化させる。
「TOBYO図書室」として既にテスト版を公開し、2000件以上の闘病記を紹介している。開発者の三宅啓代表は「患者が最も知りたいのは、同じ病気の人たちがどんな体験をして、どう対処したのか。多くの情報を共有できるサービスを提供したい」と強調する。
とはいえ、ネット社会には暗部もある。医師や医療機関への感情的な言葉をブログに書く患者もいる。福岡県内の大学病院の勤務医は「口コミの情報はある程度の範囲にとどまるが、悪いうわさをネット上でばらまかれたら止めようがない」とまゆをひそめる。
受診前にインターネットで病気の予備知識を得る患者も増えている。
医療ジャーナリストの和田努さんは「治療は医者任せという時代は終わった。患者の知識が豊富になると、不勉強な医師はうかうかできなくなる。いい意味で医療現場のレベルアップにつながるだろう」とみる一方、ネット上にあふれる医療情報について「質が玉石混交であることも患者側は忘れないでほしい」と注意を促している。
【写真説明】インターネット上に公開された闘病記を集め、病名ごとに検索できる「TOBYO図書室」
=2008/03/03付 西日本新聞朝刊=




