
6月の土曜日の朝。坂のまち長崎の山の中腹にたつ長崎病院の院長室に、長崎大医学部に学ぶ学生6人が集まった。森俊介院長(61)が「患者さんと仲良くなったら、温泉にも連れて行ってあげてください」というと、学生たちは「一緒に入るんですか」と少し困惑気味である。森院長は「患者さんたちは、若い皆さんと会うのを楽しみにしているんですよ」と笑い、病棟へ案内した。
長崎病院には、重度の障害者やがん患者など、家庭の事情で在宅での暮らしが難しい人が多く入院している。廊下ですれ違う患者に笑顔を向けながら森院長は「在宅で暮らせるのは恵まれた人たち。でも、入院していてもできる限り家庭と同じような安心した生活を送ってほしい」と話した。
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33歳の女子学生は、がんを患う女性(78)が喫煙所に向かうのに付き添った。車いすを押す夫が「毎日見舞いに来て一服させてやるとさ」と笑顔を見せる。女性の自宅は石段を数十段上った高台にあり、通院などの移動が困難なため在宅医療を断念したという。
喫煙所のベンチに腰掛けると、夫は「ビールも飲めるようになってこの人は幸せよ」と話し、うとうとと眠る女性を見やった。病院のスタッフは、女性が好物のビールをのどに詰まらせずに飲めるようにと、泡の食感も楽しめる"ビールゼリー"を考案して食べさせてくれるという。
この女子学生は22歳のときに民間企業に就職したものの、脳卒中などで倒れて職場に復帰できない同僚を見て「社会復帰のためのリハビリを支援をする仕事がしたい」と退社して医学部に入り直した。夫婦と別れると「あんなふうに、安心して患者さんを預けてもらえるような作業療法士になりたい」と話した。
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午後になると学生たちは、森院長が運転する車に1時間ほど揺られて同県西海市にある認知症のお年寄りのためのグループホーム「わらび苑」に向かった。
施設のスタッフは、大腸がんの転移で治癒が見込めなくなった女性(90)のことを森院長に相談した。女性は認知症の症状が進行するにつれ、風呂に入らせる際などに体に触れると暴れるようになり、職員にかみついたり殴ったりする。入院できる病院を探しているが「認知症の患者は引き取れません」と断られてしまう。
普段は陽気な性格なのである。この日も、医学部3年の小林典子さん(27)に「おまえ、名前は何ていうとな」と話し掛けた。小林さんが「のりこです」と答えると「おお、よか名前たい。おまえが大将」と言って周囲を笑わせた。小林さんが「何か歌いましょうか」と誘うと、「あかさか ぺっちゃか ちゃかちゃかちゃ」と一人で歌い始めた。「何の歌ですか」と聞かれた女性は「知らん。おまえ、名前何ていうとな」と再び同じ質問を小林さんに向けた。
森院長は、施設を訪れていた家族に「がんの処置をする際には鎮静剤で眠ってもらうということで(長崎病院に)入院してもらうことはできる。でも、今のように自由に生活することはできなくなると思います」と正直に説明した。家族は「もう少し近くの病院を探したい」との意向で、受け入れてくれる病院が見つかるまでグループホームに入所を続けることになった。
帰り道の車内で小林さんは「認知症の人にはいろんなイメージを持っていたけど、話していると楽しかった。あのおばあさん、これからどうなるんでしょうか」と心配そうな顔をした。車を走らせながら森院長が「引き取ってくれる病院が見つかるかどうか。認知症でがんを患っている場合、自宅で看取(みと)ることができなければ行き場がなくなってしまうことも多いんだよ」と説明すると、しばらく学生たちは言葉少なだった。
【写真説明】がんを患う女性と付き添う夫に笑顔で話し掛ける長崎大医学部の女子学生。後ろで見守るのは森俊介院長=長崎市の長崎病院
=2009/07/06付 西日本新聞朝刊=




