●急な発熱、嘔吐
福岡県内のある家庭でのこと。11カ月になる男児が夕食後に38度の熱を出した。寝かせて様子を見ていると、翌朝男児は嘔吐し、母親は朝一番にかかりつけの小児科に連れて行った。
医師は特別な症状などがないため「突発性発疹(ほつしん)か風邪でしょう」と説明し、抗生剤の内服薬を処方した。しかし、夕方には体温が39度を超え、嘔吐も止まらず、ぐったりしてきた。
母親は翌朝、男児を連れて総合病院の小児科を受診。医師から「髄膜炎の疑いがあります。入院していただいて髄液の検査をします」と告げられ、検査の結果、細菌性髄膜炎と診断された。3週間の入院治療で元気にはなったが、後遺症で難聴になってしまった。
●年間1000人が発症

髄膜炎は、脳や脊髄(せきずい)を包む髄膜に細菌やウイルスが侵入し、炎症を起こす病気。大きく分けてウイルス性(無菌性)と細菌性があり、細菌性は4歳以下、ウイルス性は新生児と4~7歳ごろに多い。発熱や頭痛、嘔吐で始まり、うなじの硬直、重症例では痙攣(けいれん)、意識障害などの症状が現れる。
ウイルス性の場合は、夏風邪やおたふくかぜウイルスによるものが多く、重症化することはほとんどない。安静にして水分補給をすれば1~2週間で自然治癒し、後遺症も事実上ないという。
一方、細菌性は化膿(かのう)性髄膜炎とも呼ばれる。ウイルス性より発症頻度は低いが、重症化しやすい。さまざまな原因菌があり、Hibが6割以上、肺炎球菌が3割近くを占める。年間1000人近くの子どもが発症し、約5%が死亡、約25%に手足のまひや発達の遅れ、難聴、てんかんなど後遺症がみられるという。
髄膜炎かどうかは、脊髄(せきずい)に針を刺して採取した髄液で診断するが、原因菌を特定するまでに数日かかることもある。細菌性の疑いが強い場合は、高用量の抗生物質(抗菌薬)を静脈注射する。
●約70%は見逃す

治療には2週間から1カ月かかるが、治療開始が早ければ早いほど、重症化や、後遺症の発症を防ぐ可能性も高まる。その早期発見について、福岡市立西部療育センター長で、日本小児科学会予防接種・感染対策委員会メンバーの宮崎千明医師は「今の医学水準では早い時期の診断は非常に難しい」と明かす。
発熱はほぼ全例で、嘔吐は約半数であるが、それらの症状は風邪や嘔吐下痢でも見られる。脊髄に針を刺す髄液検査は簡単にはできず、開業医が初診で髄膜炎と確定診断するのは事実上、不可能だ。

約百例の細菌性髄膜炎児の発熱早期症状や血液検査所見を調べたという、ふかざわ医院小児科(福岡市東区)院長の深澤満医師も「どんなに慎重に診察しても、発熱後2日以内だと70%は分からない。重症化するまで診断が難しいケースがほとんど」と話す。
●耐性菌の増加も
細菌性髄膜炎では、抗生剤を点滴で投与して治療を行う。ところが、風邪の患者らに内服用の抗生剤を処方することが一般化しており、1990年代から、抗生剤が効きにくいHibや肺炎球菌などの耐性菌が急増。日本は世界で最も耐性菌が多い国の一つとなった。
髄膜炎治療への影響も避けられず、深澤医師は「実際に耐性菌による細菌性髄膜炎患者が増え、治療が難しくなっている」と認める。
診断も治療も難しい病気の場合、予防が最大の決め手といえ、宮崎医師も深澤医師も「根本的解決策はワクチン接種で発症を防ぐしかない」と口をそろえ、効果に期待を寄せている。
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■1年後めどに予防接種開始 海外では「過去の病気」 計4回で自己負担3万円
細菌性髄膜炎は初期診断や治療が難しいため、欧米では1980年代後半から、予防のためのワクチンが相次いで承認された。98年には世界保健機関(WHO)が、インフルエンザ菌b型(Hib)ワクチンの定期予防接種を推奨する声明を発表。既に100カ国以上で接種が行われており、アジアで未承認なのは日本、北朝鮮など数カ国だけとなっている。
Hibはインフルエンザウイルスとは別物で、細菌の一種。ウイルスの存在が分かっていなかった19世紀後半、インフルエンザ患者のたんから発見されたため、その名が付いた。

米国では定期接種開始から2年後に、Hibによる髄膜炎の発症率が100分の1に激減。「Hib髄膜炎は事実上、過去の病気になった」という声もある。
これに対し、日本では発症率が低かったことなどから必要性が認識されず、製薬会社が厚生労働省に承認を申請したのは2003年3月だった。審査体制や副作用に対する懸念もあって審査も進まず、ようやく今月、承認の見通しとなった。
来年1月ごろには接種が始まりそうだが、課題は残る。Hibワクチンは零歳時に3回、1年後に1回の計4回の接種が必要で、合わせて3万円ほどかかる見込みだ。当面は自費による任意接種となる可能性が高く、深澤満医師は「任意では普及は難しい。早期に公費での定期接種化をする必要がある」と力説する。
厚労省ワクチン研究班員でもある宮崎千明医師らの試算では、予防効果の高い定期接種は治療費や後遺症が出た人の介護費の削減につながり、結果として年間82億円の節減になるという。
宮崎医師は「Hibワクチンなどが普及すれば、夜間の急な発熱でも慌てて受診する必要がなくなり、小児救急医療に劇的な変化をもたらす可能性がある」としている。
(写真=上から、宮崎千明医師、深澤満医師)
(図・表=上から、細菌性髄膜炎の年齢分布<原因菌別>(宮崎千明医師提供)、世界のHibワクチン導入の現状。アジア・アフリカを含む世界100カ国以上で導入されている(宮崎千明医師提供))




