
■頸動脈にあか
福岡県前原市に住む女性(61)は昨年1月、突然ろれつが回らなくなった。顔など体の左半分の感覚がまひし始めていた。
救急車で九州医療センターに運ばれた女性は、脳梗塞と診断された。さらに、精密検査の結果、右の頸動脈がふさがっており、左の頸動脈もかなり細くなっていることが判明。頸動脈狭窄症が脳梗塞を引き起こしていることが分かった。
「首の血管が詰まったり細くなったりすることが脳梗塞につながるケースが、昔より増えています」と卯田医師。

頸動脈は、のどの左右を走る血管で、内膜、中膜、外膜の三層から成る。動脈硬化は「三層のゴムホースの構造が変化して内側二層の壁が厚くなり、“あか”をため込んだ状態」という。
“あか”は、脂肪分の蓄積や血管の出血、石灰化などさまざま。肥満▽喫煙▽糖尿病▽高血圧▽血液中の脂質が異常に多い高脂血症-などが動脈硬化の危険因子で、前原市の女性も、糖尿病と高脂血症で通院治療を受けていた。
血液が流れる部分が狭くなった状態を放置すれば、脳に十分な血液を遅れなくなったり、頸動脈の内側からはがれた“あか”のかけらが脳の血管に流れたりして、脳梗塞を引き起こしてしまう。
■発症後は困難

脳梗塞は、死亡や寝たきりなど重い後遺症につながるケースが多く、本格的に発症した後では治療が難しい。
生活習慣の改善や、原因となる病気の治療が予防につながることは言うまでもないが、発症の前触れをつかみ、できるだけ早く治療を開始することが重要になってくる。

前触れの1つが「一過性脳虚血発作」。脳への血流が低下することで半身のまひやしびれ、軽い言語障害などの症状が一時的に現れ、数分から24時間以内に回復してしまう症状だ。
一過性脳虚血発作が出た段階で専門機関を受診し、頸部血管の超音波検査や脳血管撮影などで頸動脈狭窄症が原因と分かれば、早期治療で脳梗塞の発症を防ぐことが可能になる。
頸動脈狭窄症の治療には従来、抗血小板薬などの薬剤投与や、生活習慣病の管理といった内科的治療と、外科的治療があった。代表的な外科的治療が頸動脈血栓内膜剥(はく)離術。異常がある首の血管を切開し、内側にたまった“あか”を取り除いた後に縫い合わせる。
卯田医師によると、動脈硬化を起こした部分の割合を示す「狭窄率」が70%を超えていると手術を考えるというが、薬物治療に比べて負担は大きい。そこで、現在注目されているのが「切らずに治す」血管内治療だ。前原市の女性も、血管内治療の1つである頸動脈ステント留置術を受けた。
■足の血管から
頸動脈ステント留置術は、1990年代に研究が本格化した治療法。患部を直接切開せず、足の付け根の血管から頸動脈までカテーテル(細い管)を入れ、形状記憶合金でできた網状の筒「ステント」を患部に送り込むことからその名が付いた。
頸動脈の太さは直径7ミリ前後。カテーテルを通して、ステントと特殊な風船をゆっくり血管の中に通す。動脈硬化を起こしている場所で風船を膨らませ、細くなっていた血管を押し広げて血液が流れる断面積を元に戻した後、風船をしぼませてステントだけを残す。
カテーテルを使って、動脈硬化のかけらや血の塊が脳に流れていかないように防護しながら、血管内にたまった“あか”も吸引するという。
治療時間は1-2時間。体への負担も軽減される。前原市の女性は、治療が奏功し、発症から2カ月後にセンターを退院。現在は元気に生活しているという。
ステント留置術はこれまで健康保険の対象外だったが、近い将来、適用が承認される見通しだ。
課題は、デリケートな血管内で器具を動かすため、治療に当たる医師には特殊な技術に加え、心臓や脳、全身の循環器など複数の診療科にまたがる知識が求められること。また、すべての頸動脈狭窄症に適しているわけではないため、内科的治療や血栓内膜剥離術とどう使い分けるかの判断も重要になる。
九州で数少ない同治療の指導医である卯田医師は「首の血管異常を早く発見し、治療する技術が普及すれば、脳梗塞で亡くなったり寝たきりになったりする人を減らせる。人材育成に力を入れたい」と話す。
一方、頸動脈の超音波検査を人間ドックなどの検診に取り入れる病院も増えている。卯田医師は「動脈硬化の危険因子を持つ人は、定期的に検査を受けた方がいい」と勧める。
【写真説明1】卯田健医師
【写真説明2】細くなった首の血管を拡張する形状記憶合金の筒「ステント」
【写真説明3】【治療後】ステントを送り込んで血管の拡張に成功した頸動脈
【写真説明4】【治療前】「頸動脈狭窄症」の患部(矢印部分)。血管が細くなり、十分な血液を脳に送ることができなくなる(写真は3枚とも卯田健医師提供)





