奥さまの恵美子さんの話では、哲臣さんは昨年5月末のMRI検査で脳幹の影を指摘され、悪性脳腫瘍(しゅよう)の神経膠腫(こうしゅ)と診断された。つらい治療を受けながらも7月上旬までは散歩もでき、病棟で一番元気といわれるほどだったが、みるみる衰え、9月からは意識もなく寝たきりだった。沙帆さんと亨樹くんは病名を知らされておらず、作文は、パパは必ず治る、家族で暮らせる日がきっとまたくると信じてつづったのだった。葬儀では出棺に先立ち司会者によって朗読された。
ホスピスに移っての一週間は、職場の同僚が毎日のように見舞ってくれた。励ます会をつくったよとカンパを手に訪れた仲間に、昏睡(こんすい)状態の哲臣さんは何も答えることはできなかったが、涙を一粒流した。医療スタッフの一人は、哲臣さんの表情が変わったことに「誰が来てくれたのか分かっていらっしゃる」と、はっとしたという。
そして最期のとき。恵美子さんが頭を抱き締め、沙帆さんと亨樹くんが「パパ! パパの子どもで良かったよ。ありがとう。大好きよ」と叫ぶように声を掛けるなか、静かに息が止まったのだった。
荼毘(だび)に付したあと、恵美子さんは気を失って倒れ、そのまま入院した。意識がないなかで哲臣さんを探し「どこ、どこ? 返事してよ…手をつなごうよ…頑張ったよ…迎えにきてくれたんじゃないと…私に会いたいんじゃないと」と声を上げ、ふと後ろを振り返ったとき現実に戻ったという。
悲しみに暮れるご一家に掛ける言葉がない。でも恵美子さんは「お祈りいただいた読者の皆さんに、よろしく伝えてください」とおっしゃる。2人のお子さんは「友だちに会いたい」と葬儀の3日後から学校に通い始めた。ご家族のこれからをお祈りします。
(編集委員・田川大介)
=2010/03/01付 西日本新聞朝刊=




