西日本新聞

西日本新聞 医療・健康

コラム・聴診記(医療班から)

焦土で与えられた役割

[更新日時]2009年11月23日

 長崎に勤務していたとき、カトリックの人たちと出会いを重ねた。原爆や平和を考えるにあたって、爆心地浦上(うらかみ)の信仰と歴史を知ることは欠かせないと思ったからだ。親しくなった修道士の小崎(おざき)登明(とうめい)さんから先日、半生を描いた漫画の本が送られてきた。

 病弱だった幼少時、17歳のときの兵器工場での被爆、孤児となり修道院に入っての日々…。かつて伺った話が、しおうらしんたろうさんの生き生きとした筆致でよみがえり、ひと息に読み終えた。

 原爆を語るとき、小崎さんは自分の弱さをさらけ出す。1945年8月9日。母を案じて焦土をさまよう小崎少年は、倒壊した建物から助け出された女学生を担うも、上空に飛行機の音を聞くや怖くなって置き去りにした。日ごろ自分をいじめていた同僚が内臓までも飛び出して苦しみもがき、助けてくれとうめくのを、ざまあみろとさげすんだ。歩けないから連れていってとすがりつく幼子を、おれも急いでいるからと見過ごした-。

 原子野の人々との出会いが、小崎さんの生涯の傷となった。戦争がいけなかったのだ、しかたなかったのだと納得しようとしても、助けて…、助けて…、という声は耳から消えない。平時の想像をはるかに超えた「生き地獄」を、母を奪った原爆とともに己のなかに見るのだという。

 親と住む家とを失い聖母の騎士修道院に身を寄せた小崎少年は、修道院の創始者であるポーランド人司祭マキシミリアノ・コルベ(1894―1941)がアウシュビッツ強制収容所で、ある男性の身代わりとなることを申し出て処刑されたことを知り、衝撃を受ける。コルベによって命を救われた男性とも親交を得た。以後原爆の証人の一人として、友を捨てて逃げた自分と、友のために命を捨てたコルベとを対比して語り続けてきた。

 81歳になった小崎さんは、膀胱(ぼうこう)がんを患っている。来し方行く末を思い巡らすと、あらためて荒野の自分がよみがえり、しかしそれでも、ひとつの役割を与えられて生かされてきたのだという感謝の思いに満たされるという。

 漫画「焼けたロザリオ」は1260円。聖母の騎士社=095(824)2080。

 (編集委員・田川大介)

=2009/11/23付 西日本新聞朝刊=

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