

■「ファミリーハウス」広がる輪 ボランティアや資金不足も
自宅を離れて病院で闘病する子どもとその家族のための滞在施設がある。「ファミリーハウス」などと呼ばれ、九州では1995年に熊本と福岡に生まれた。運営にかかわるのは、わが子を看病した経験のある親、子育ての先輩である主婦、そして家族とともに病気と闘う医療者たち。15年たって、ハウスの輪は広がっている。

西日本新聞天神文化サークルで「元気が出るがん患者のつどい」を始めて3年目になります。街なかのカルチャーセンターでがん患者会が開かれていると話すと、関東のジャーナリストも四国の患者会の代表も「珍しい試みですね!」と驚きます。隣で料理教室やダンス講座が開かれている中、抗がん剤の副作用情報交換やがんを告知されたときの家族の反応などを語り合っているのですから、確かに異色の講座ですね。

■「現場で悩みながら向き合う、高い志に出会えた」
不妊治療の現場に、体外受精や顕微授精を担当するエンブリオロジスト(胚(はい)培養士)という医療専門職がいる。彼らの技量が妊娠率を左右するほどに重要な役割を担っているのだが、その実態はほとんど知られていないのが実情だ。エンブリオロジストたちを取材し、小学館ノンフィクション大賞に選ばれた「エンブリオロジスト-受精卵を育(はぐく)む人たち」を刊行したフリーライター須藤みかさん(44)=熊本市出身、中国・上海在住=にエンブリオロジストをめぐる現状と課題について聞いた。 (塚崎謙太郎)


福岡県筑紫野市の近藤沙帆(さほ)さん(小学6年)、亨樹(としき)くん(同3年)きょうだいが送ってくれた「病気のお父さんへの手紙」を昨年末に紙面で紹介したところ、読者の皆さんから「お父さまのことをお祈りしています」とお便りや電話をいただいた。ご家族にお伝えし、私も祈り続けてきたが、お父さまの哲臣さんは2月20日朝、栄光病院ホスピスで亡くなった。45歳だった。