西日本新聞

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2010年01月18日

来来軒 純豚骨こだわり半世紀


 車がひっきりなしに行き交う神埼市神埼町の国道34号沿い。市役所や郵便局などが立ち並ぶ通りに赤いのれんを下げた民家風の「来来軒」はひっそりとたたずむ。

 創業は1961年。国道ができた直後で、周りは田んぼだった。「誰も車なんて持っとらん。1時間に1、2台しか通らんかった」。8人掛けのカウンター席しかない店内で貞島常男さん(73)はそう懐かしむ。

 貞島さんは福岡県田主丸町(現久留米市)生まれ。15歳で働き始め、馬の売買で北海道に渡ったりと各地を転々。25歳の時、結婚を機に妻宣子さん(67)の実家がある神埼町に移り住み、自宅横で来来軒を始めた。ラーメンは一杯50円のぜいたく品だったが、町内に二つあった映画館の帰りの客でにぎわった。2人でお金を出し合って一杯すする高校生もいた。

 本来、全くの素人だったが、当時少なかったラーメン店を食べ歩き、4年間の試行錯誤の末、今の味に近づいた。「ラーメンが好きだっただけ。一つのことに熱中する性格でね」と貞島さんは笑う。

 味わいは純豚骨で野菜は一切使わない。やさしい味ながら、豚骨の風味が鼻を抜ける。火加減に気を使い、1日かけてスープをたくことで雑味を抑えている。スープの独特の透明感は、しょうゆではなく、自家製塩だれを使うためだ。

 開業から半世紀。外食産業花盛りの今、付近にはチェーン店も進出してきた。商売は楽ではないが、親子2代で通い続けてくれる客もいる。

 「この味はずっと愛されると信じている」。貞島さんの言葉にはラーメンと同様、人生の深みがある。

    ◇   ◇

 博多、長浜、久留米に熊本…。今、B級グルメとしてご当地ラーメンが脚光を浴びている。風土や産物が凝縮したその一杯は、地域の食文化そのものとも言える。全国的には無名ながら、しみじみとした味わいでファン層を広げつつある佐賀ラーメン。佐賀市近郊の店を随時紹介する。

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 ●メモ
 ラーメン500円、いなりずし70円。不定休(年間10日程度)。営業時間は午前11時半―午前0時。電話番号=0952(52)4890。 
 佐賀県神埼市神埼町田道ケ里2276

=2010/01/18 西日本新聞佐賀版 「佐賀市近郊ラーメン紀行」掲載=

2010年01月25日

三九(さんきゅう) 「白濁豚骨のルーツ」

 「白濁豚骨ラーメンはこの店が発祥よ」

 今では、多くの店で食べられる白濁したスープの豚骨ラーメン。そのルーツが佐賀市中心部に店を構える老舗「三九」という。店主の四ケ所日出光さん(81)はこう続ける。「もともとは失敗作だった」

 三九は、戦後すぐに西鉄久留米駅(福岡県久留米市)前で開業した屋台が前身。当時の豚骨スープはちょっと煮る程度で透明感があった。ある日の仕込み中、初代店主の杉野勝見さん(82)=北九州市=は母親に火加減を任せて肉の仕入れに行った。帰宅すると、鍋はグツグツ、スープは白く濁っていた。試しに飲むと意外においしく、客に出すようになったという。

 当時、四ケ所さんは駅前で飲み屋をしていたが、立ち退きを迫られた。知人だった杉野さんが屋台を畳むのを知り、1950年に引き継いだ。売り物の白濁スープはあくを取ったりと改良を重ねた。徐々に人気も出て、一日500杯を売り上げるようになる。八女市と熊本県玉名市にも支店を出し、現在の熊本ラーメンのルーツにもなった。

 四ケ所さんは、結婚を機に支店を他人に譲る。屋台も畳み、56年に今の場所に店を移した。昼は官公庁職員、夜は酔客でにぎわった。

 ラーメン一筋60年の四ケ所さんから差し出された一杯をすする。あっさりした中にも豚骨の風味がしっかり。自家製の平べったいめんにはコシがあり、かんすい独特の臭みもない。

 久留米発祥ながら、半世紀以上にわたり佐賀の人に愛されてきた味。四ケ所さんは「これが佐賀ラーメンと言うならそうなのかも」と照れ笑いを浮かべた。 

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 ●メモ
 ラーメン550円、卵入りラーメン600円、ラーメン定食(ギョーザ5個、おにぎり付き)800円。営業時間は午前11時半―午後10時。年中無休。電話番号=0952(23)5840。
 佐賀県佐賀市中の小路4―24

=2010/01/25 西日本新聞佐賀版 「佐賀市近郊ラーメン紀行」掲載=