―公開中の映画「釣りバカ日誌20 ファイナル」はシリーズの完結編。主人公ハマちゃん(浜崎伝助)として、感慨ひとしおでは?
西田 スタートは1988年ですから、22年間続きました。本人はあっという間でしたが、この前、22歳の女性にお会いしたとき、「この人が生まれて現在に至るまで『釣りバカ』は続いたんだ」と、時の重みを感じました。
―人気シリーズに育つ予感は、当初から。
西田 いえいえ。1作目はストーリーとして完結してましたし、制作側も続編は考えていなかったと思います。釣りを通したスーさん(三国連太郎さん)とハマちゃんの人間関係の面白さを、多くの方に評価していただいたおかげで、ここまで続けることができました。
―22年間で、一番変わったことは?
西田 始まった当時はまだ40歳。ヒラ社員らしいフットワークで軽妙さを表現できていたんですが、最近は体形が重役クラスになってしまって(笑)。だけどハマちゃんのキャラクターは変わりません。お客さまも、そのまんまでいてほしいとの思いが強いようですので、あまり無理せず演じてきました。
―釣り上げた魚で印象深いものは?
西田 ヒラメを釣るシーンで、天然ものが手に入らず養殖で代用したことがありました。養殖ヒラメは裏側の白い方に黒い模様が出ます。映画館でそれを見た人が「養殖ものを使ってる」と指摘されて。ごまかしはできないと痛感しました。
―ファイナルの舞台は北海道。そして、あの“幻の魚”を釣り上げます。
西田 今までの「釣りバカ」では経験したことのない、ものすごい引きでした。あれぐらい大きな魚が川にフーッと泳いでいるかと思うと、豊かな気持ちになれました。一方、絶滅危惧(きぐ)種となったこの魚を守ろうと、熱心に保護に努める地元のことも知りました。本当にラストにふさわしい魚でした。
―ファイナルはまた、未曾有の経済危機を迎えた現代を背景にしています。
西田 その時々の世相を映してきた映画ですからね。自由で明るいけれど、万年ヒラの浜崎伝助のような男を許容する会社、社会がなくなり、どんどんスポイルされていくと息苦しい、余裕のない、冷徹な世の中になるのかなと危ぶみます。
―九州各地でもロケをした本シリーズ。思い出に残ることを聞かせてください。
西田 北九州編では、八幡製鉄所近くの海岸でロケをしました。現地の関係者が「海がきれいになって、魚が戻ってきたんです」と盛んに言ってたのが忘れられません。あと大分・佐伯では時間がなくてあまり釣りができなかったんですが、もう2、3日滞在できていたら、かなりの釣果が上がったのではと残念でなりません。(文・塩田芳久 写真・伊東昌一郎)
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西田敏行(にしだ・としゆき)さんは1947年生まれ、福島県郡山市出身。主演映画は今年、「旭山動物園物語」「火天の城」の2作が封切られた。「釣りバカ日誌20」には松坂慶子さん、吹石一恵さんがゲスト出演している。
=2009/12/27付 西日本新聞朝刊=